とんでもない奴と同居してる話

 

私は今、とんでもない奴と同居している。
一年前に東京に来ることを決意し、お金を貯め始めた私が一番最初にぶつかった壁は家探しであった。
その当時こそまともに働けてはいたが、私が自分に合う職場を二つも見つけられたことは奇跡みたいなものだということは自分でよくわかっていた。
実際、当時の読み通り現在私は職が見つからずにジリ貧生活を余儀なくされているのである。
家だけはなくては困る、その思いで憧れだった中野や高円寺から近い場所でなおかつなるべく安く済むシェアハウスを探したが、意外と共益費がかかってしまうようだったりドミトリー(ベッドしか自分の空間がない)形式だったりと難点は多かった。
そこで見つけたのがルームシェア相手募集サイトで、私が入りたい時期に一人抜けるから次に入ってくれる人を探しているという旨の書き込みであった。
土地の利便性の良さ、何といっても東京でそれは破格だろうという激安の家賃に引かれ、私はとりあえずその家を見に行くことにした。
部屋が二つとキッチン、風呂、トイレで構成されたその部屋はなんとも生活感のある小汚い部屋であったが私は案外そういう生活感が嫌いではないので気に入った。
紹介してくれた、「今度仕事で他県に引っ越すことになったのだ」という人もいい人で当のこれから一緒に住むことになるガッデムという男も最初はユーモアでそれなりに楽しくやっていけそうだ(友達にくらいはなれそうだ)と思った。
そうして月日も流れ、無事3月に私は今住んでいる家に引っ越してきた。
引っ越してきた日にガッデムと少し話をした。この家にあるものや簡単な取り決めについてだ。
ガッデムは「部屋、どんな感じになってるんすか?ちょっと見ていいスか?」と言ったのでまだ散らかっている部屋にガッデムを通して少し世間話をした。
ガッデムはお笑い芸人を目指しているのだという話を聞いた。私自身が絵や物書きなのもあって、そういう好きな生き方をしている人には興味があった。
「いいですね、芸人さんて。相方とかって友達だけど友達よりちょっと特別だったりしそう」などと言ったらガッデムは「あ、そうスね!相方とはヌキとか、普通の友達とは行けない女遊びとかもイケちゃう仲っスねぇ〜」とズボンの尻に無造作に手を突っ込んでボリボリと掻きながら言った。
初日から女子の部屋でまさか尻をボリボリ掻きながらそんな突拍子もないワイ談をしてくるとは思わなかったので私は「アハハ」と言った。
ガッデムはまたしても尻をボリボリと掻きながら追い討ちをかけるように「あ、男遊びとか、しないンすか?」と言った。
下見に来た時はもう少し誠実そうな態度だったはずだ。
私は「もういい、もうこの話題はいいから。やめとけ」と心の中で言いながら「しないっスね」と言って笑った。
ガッデムはまだ聞いてくる。驚いたように「えっ周りにそういう友達いないんすか」
そういう友達とはどういう友達だ。私は喪女だが男友達にも女友達にも困ってないしクラブとかは嫌いで行かないが、アルコールのある場所にはホイホイと行く。
それ以上の、ホストだとかそういった遊びにはハナから興味がないし出会い系ならびにマッチングアプリの類もやらない。大体たまにそういうことを気軽に聞いてくる奴がいるが、どういう了見で聞いてきてるんだ?遊んでそうと言われて嬉しい人間なんてガキ以外にいるか?


そんなことを言っても仕方はないしいうほど怒りを感じた訳でもないのでガッデムに一抹の不安を感じながらもその日私は就寝した。


ちなみにここに来てになるが「ガッデム」という名前はもちろん私が秘密裏につけたあだ名である。
名前は彼のよく歌っている歌に由来する。
引っ越してきてからしばらく、なんとなく私は共用部分を使うことが躊躇われた。
深夜にコーヒーを入れようと思ってキッチンの電気をつけるとガッデムが起き上がってきて「あのさぁ、眩しいからせめて小さい電気にしてくんね。」と言ってきた。
ガッデムの部屋のドアは磨りガラスだったため、キッチンの光がもろに入ってしまったのである。
あぁこれはしまったと思い、咄嗟に謝った。ガッデムは去っていった。
さらにいうと共用部分は引っ越してきた次の日に私が大掃除をして消臭剤を置いておいたにも関わらず何かどよんと臭ったた、原因不明の臭いを嗅ぎたくなくて私は部屋に引きこもった。
部屋に引きこもったはいいが、ガッデムは何故か立てる物音が大きく、独り言をブツブツと言っているため(よく聞くのがテレビを観て「カワイイ」と一日に何回も声を発している)
威圧感のある人間が薄い薄い壁を隔てた向こう側にいると思うと、こちらはなんとなく生活音を出すことが躊躇われ、何も出来なくなってしまう。
私は「こっちもこっちで何か音声を流せばガッデムの威圧感に怯えずに済むのでは?」と思い至りちょうど久々にスーパー銭湯で読んで気に入っていた「ブラックジャック」のアニメをパソコンで流し始めた。
その日からだった。ガッデムが歌を歌うようになったのは。
歌と言ってもふつうの歌ではない。ガッデムが歌うのはデスボイスの曲で、「ファック!ファック!」と連発するような曲を声を押し殺してドラム部分を「ドゥンドゥンドゥン」と発声しながら歌っているのだ。
恐らくこちらからなんの気配もない時は遠慮をしていたが、こちらでも何か聴いているとなれば相殺されるだろうと思い小声のデスボイスを半分吐息のような声で発し始めたのだった。時刻は午前3時だった。私はツイッターの中でのみ「ウルセーーーーーーーーー!!!」と発狂した。
もちろんガッデムには聞こえていないだろう。


それからというもの私が夕方にバンドの練習でギターを弾くなどし始めた時に限って横からデスボイスが聴こえてきた。怒っているのか趣味なのかは未だ判別つかないが恐らく大方趣味であろう。
バンドメンバーにそれを愚痴ると「ええやん、セッションしちゃえよ」と笑われた。いいよな、ガッデムと住んでる張本人は気が気でないよ。
ガッデムをガッデムと呼ぶ所以はもちろん彼が「ガッデム!ガッデム!」と歌っていたからである。意味を調べたら、「畜生、豚」というような意味であった。
それから彼は調子に乗って朝仕事に出かける時にもガッデムガッデム!と元気に歌いながら行くようになった。
こちらは彼の7時過ぎから3時間延々なり続けるアラームでとっくに目が冴えわたっている為勿論全部聞こえている。
どうしてそんなにアラームを無視し続けることが出来るのか。


引っ越してきてもう三ヶ月にもなるのに無職の私が言えたことではないが、ガッデムには一月に一週間ほど、「本当に全く外を出ない一週間」があった。
ほぼ毎日バイトをしているというようなことを聞いていたがバイトにも行かず常に家にいた。
私が出かけようが出かけまいが常に家にいた。これにはストレスが溜まった。
ただでさえガッデムは夜に出かけることも滅多にないのだ。いつも友人と回線を繋いでテレビゲームをしている。

 


だが、私はここまでは良かった。臭かろうが少々五月蝿かろうがいつも家にいようが、ガッデムも家賃を払っている手前個人の自由だ。


引っ越してきてから一月、もはやガッデムと顔を合わせることも喋ることもなくなっていた。
ガッデムはあからさまに聞こえるように独り言を言うようになった。
これまでのブツブツとした一人ごとではなく、わざとらしく声をあげるような一人ごとだ。
私がたまたま食事をしたばかりで箸と食器を部屋に置いているときに彼がキッチンに立てば「なんでこんな箸ないわけ!」と聞こえるように声をあげたり食事を作って食べ終わったらまた食器を洗うつもりだったのでキッチンの電気をつけたままにしていたら、数分後に「てか電気消せよ」と言いながら部屋から出てきて電気を消されてしまったり
恐らく彼の洗濯物からくる体臭で臭いのであろう共有部分を窓を開けて思いっきり換気していればすぐに閉じられ、一方で自分はぐちゃぐちゃと洗い物や使ったフライパンをそのままキッチンのシンクにほったらかしている。
今日なんて私が彼が帰って来る前に肉を焼いていたので、帰ってきた時にその臭いに反応し「クッセェ!、」と鳴き声をあげた。


言わせてもらうけど
臭いのはお前だろ!!!!!、!!!!!!
お前が連れて来ていた朝っぱらから発狂したような声でゲームするような連中も、お前の部屋入った瞬間「え、臭えんだけどこの部屋!!!!」「いや待て。案外何分かすれば慣れる…」なんて言ってたじゃないか。
なんで臭い奴に肉焼いただけで臭いと嫌味を言われなければならないのか!


恐らくだが彼は同じ家賃を払っている私を居候か何かだとでも思っている。
会話もしてない、得体の知れない相手がということが彼に私という存在の排除を促しているのだろう。
共用部分はあくまで共用部分のはずだが、もちろん彼の方が長く住んでいることもありガッデム的には「使わせてやってる」もしくは「使われている」という認識に置き換わるのだろう。
だから、窓が開いていたり消臭剤が置かれていると彼は「勝手に」されたと判断し、遠慮なく思ったことを言ってしまうのだ。


私だってこんなにガッデムとうまく行かないとは思わなかったのだ。
なんなんだこの威圧感は。今まで何回かルームシェアをして来たが、こんなのは初めてだ。


私に黒魔術が使えればガッデムに何かラッキーな状況変化でもありガッデムがどこかへ引っ越し、その代わりもうちょっとマシな奴が来ることを望む。マジで神様頼む。
私にはお金もないし彼氏もいないのでそう簡単に出て行くことはできないんだ…!
神様!近々ガッデムを頼むぞ!!!!よろしくな!!!!!!