頭に海苔を貼り付けた坊さんの話

 


それは2年ほど前、私が当時良くしてくれた人の店で初めての個展を行おうとしていた時期に始まったことだ。


 ある日曜、家でゆっくりしていると突然電話が鳴った。
電話の主は個展をさせてくれるカフェの店主で普段からお世話になっており、身体が巨大だが気のいいおばちゃんだった。
おばちゃんは「ピリンちゃんに合わせたい人がおんねん!ウチの彼氏の飲み友達でな、ピリンちゃんと同い年やし話も面白いし高学歴!お坊さん!イケメン!今店に来てるからこない?」という。
私は当時、前回前々回と登場した写真家の男に失恋をしたばかりだったので二つ返事ですっ飛んでいった。
高学歴やイケメンはともかく、坊さんならきっと知性のある穏やかな人なのだろうと期待した。
大体人が異性を紹介するときの美人・美男子なんてのは信用すべき言葉ではないのである。


店についた私に店主はすぐに気づき、カウンターに座っていた細身の男が振り返った。


確かに整った中性的な顔をしていた。
ビジュアル系のバンドに造詣はないが顔を含めてそういったバンドがステージの上にいるときのような様相をしていた。
しかし一つどうしても気になったのが、頭に髪の毛が海苔のようにベタッと張り付いていたことだった。
最初は「坊さんだから坊主にしなくちゃいけなくて休日はウィッグをつけてる??」等と思いチラチラと目をやったが、
海苔はどうやら彼の自前のようだった。
彼は軽快に「どーも!ポコッピーどぅえ〜す☆」というような挨拶をした。
(ポコッピーは仮名だが似たような響きのニックネーム)


彼がギャル男を目指しているらしいことは彼の喋り方の妙なテンションのかけ方から見て取れることができた。


頭に海苔が貼り付いているものの、ポコッピーの最初の印象はけして悪いものではなかった。
面白い友達が増えたなくらいに思っていた。
コッピーが突然まっ昼間のカフェで読経をビジュアル系っぽく大声で唱え始めても
父や母のことを「ママッピー」「パパッピー」と言っても特に嫌ではなかった。


私は新しく始めた仕事と展示の準備のことで頭がいっぱいでポコッピーのことはほぼ頭から抜けていた。


次の日曜、展示の準備をしようカフェに行くと、ポコッピーがまたカウンターに座っていた。
その次、また次と展示が始まって以来週末には行くようにしていたカフェで毎回ポコッピーは私より先にカウンターに座っていた。
別に私のストーカーだとまでは言わない。
私はポコッピーと接する内にポコッピーの心の闇とそれをごまかそうとする脆弱さに気がついてしまったのだ。
そしてポコッピーの頭に貼りついた海苔の正体も…。


コッピーは自分をある寺の一人息子だと語った。ママッピーがメンヘラだっただとかパパッピーが風俗王だと語った。
その上でポコッピー自身はチャラ男を極めているらしい。
コッピーと何度も会ううちにポコッピーがいつも同じブカブカのジャケットとボロボロのこれまたサイズが合ってないとしか思えない大きなショートブーツと旅行にでも行くのかというくらい大きな、ブランドのボストンバッグを身に着けていることに気がついた。
コッピーが身につけているものは全部明らかにポコッピーより巨大だったのだ。
コッピーは自分を「シザーハンズのときのジョニー・デップに似ているとよく言われる」と言っていたが私にはポコッピーが無理してそのイメージに合わせに行っているように見えた。
なんせ彼は粉が吹き出るほど顔におしろいをはたいていたのだ。
そして大きすぎるブーツは「シークレットブーツなのではないか」と私と店主の間でこっそり噂されていた。


コッピーは俗世にまみれる自分を誇りに思っていた。坊さんの一人息子だということが本当なら、自分の生まれにコンプレックスを抱いていたのかもしれない。
真っ昼間のカフェで他の客もいるなか、素面で「ポコッピーは女を見ただけでセックスがどれくらいうまいかほぼ100%わかっかんねー☆」等と宣っていた。
もちろんそんな会話の流れなどない。全然関係ない会話をぶったぎって自分がチャラ男であることをアピールする為の下卑た話題に転じてしまうのだ。


私はポコッピーという存在が多大なるコンプレックスの塊に思えてとても気持ち悪く感じるようになった。もはや私にとって彼は歩く虚栄心だった。
気持ち悪く感じれば感じるほど追及したくなるのが私の悪い癖で、
またかねてより私とポコッピーをくっつけようとしていた店主に「ピリンちゃんと似てると思うよ。お似合いじゃん」と言われる度に勝手に心がズタズタにされるような気分になっていた。


店には店主の他の友達も来ていて、アンミカのようなある女性はポコッピーに「そういうの聞いて喜ぶ女性はいないと思うよ」と言ってのけたのだがポコッピーはアンミカに「貴方みたいなおばさんを女性として見てない」と大変失礼な屁理屈を転がしながらスマホの画面を私に見せてきた。そこには
今思いついたであろうアンミカの下世話な悪口がぎっしりと書き込まれていて血の気が引いた。


当時私はポコッピーを知れば知るほどにその歪さが理解できなかった。いつしかその理解の出来なさは憎しみにすら変わろうとしていた。
何を隠そう私自身が、店主が私に「似てる」と言ったように根底に同質のものを抱えていたのである。
 
今でもダーク系の濃い化粧をして鏡を見つめるとポコッピーの姿が一瞬頭に浮かぶ。


彼の言う経歴を本物と捉えて話を進めると、彼は勉強も出来て金もあって顔も遜色のない男だった。
しかし彼は満たされなかった。多分深い関わりを持つ友人がいなかったのではないだろうか。
彼を紹介した店主も彼とその以前に飲み屋で一回会っただけだったのだ。
コッピーはけして私とどうにかなりたいだとかでカフェに通っていたわけではない。
彼には話を聞いてくれる人や居場所がなかったのだ。
カフェに来れば彼は疎まれながらもチャラ男でいられた。
私はそんな彼を酷く浅はかだと思った。私だって自分に都合のいい面を被って認められたいとずっと思って生きてきた。けれどそれをやろうとすると反発に合い、自分が傷つくことをよく知っていた。自分を認めてもらおうなんていう行為は安易にやってはいけないのだと学んだ。
世の中には自分に都合のいい面を被ってる人が沢山いるがどうして彼らは粛正されないのか不思議だった。
虚栄心を振りかざす人間の話を、どうして認められなかった私が聞いて上げなければいけないのか。
気持ちが限界になってきた頃、ある事件が起きた。


コッピーがカバンからおもむろに業務用かと思うような巨大なスプレーを取り出し、自分の頭に貼り付いた海苔に向けて思いっきりスプレーを噴射させ始めた。その煙はカウンター付近にいた全員を包み込み、ケミカルな匂いにむせる人が続出した。
私は「ポコッピーは持ち歩いてるスプレーまでビッグサイズなのだな」などと思っていた。
私がふざけて「え、なに、虫でもいた?」と茶化すとポコッピー
「髪のお手入れマジ重要〜☆これマジでいいから!!かけるだけでサラサラになる☆ピリンちゃんの髪もサラサラにしてあげる〜!!」
と言って半ば強引に隣に座っていた私の背後に回り込み、スプレーを何度も何度も噴射した。
髪の毛はベタつき、薬品の臭くなってしまったがポコッピーは満足げであった。


私は用事があると言って店を出て、帰り道に泣いた。
なんだってこんな訳の分からない男に自分まで頭を海苔にされないといけないのか。
少し落ち着いてから店主に「せめて展示の間は海苔を出禁にしてください。会いたくないです。」と言ったが店主には「あんたの客全然来てないやんけ。選べる立場じゃないのに何ゆうてんねん」といった感じで一蹴されてしまい、大ゲンカをした。
結果展示から離れざるを得なくなったのは私自身になった。