議論好きの男

議論好きの男

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一年ほど前、語りたがりの友人がいた。
彼はモテない村上春樹といったような感じの男で「やれやれ」とは口にしないもののよく私の行っていたバーを紹介してやるとたちまち通うようになり、あるときには調子に乗って自分はその気はないのに旅行で来ていた外国人女性とキスをしたという話などをわざわざラインで披露するような男だった。
語りたがりの友人は頭のいい大学に通っているが「文学部に転学したい」というわりに「また朝まで飲んでいて講義をすっぽかしてしまった」ことを報告してくる、意識が高いんだか低いんだかよくわからない男だった。寧ろ、意識の低いことに意識の高さを感じているのではないかという風にすら感じた。


彼は非常にプライドが高く議論好きで、酔うと誰かに議論をふっかけて勝つことを好んでいた。
文学部に行きたいことには一応哲学者になりたいという理由があったらしく、彼は哲学的である自分を誇りに思っていたので私が人間の心理や哲学に纏わる専門用語を使うとよく怒られた。
「ねえピリンちゃん、その『承認欲求』て言葉使うのやめてくんない?わざわざそういう言葉使う必要なくない?知ってる言葉ひけらかしてるように見えてなんか嫌なんだよね」という彼に当時自信のなかった私は「そういうものなのか」と自分を恥じて「じゃあ人に認められたい気持ちて言い直せばいい?」などと言っていた。
ここまで読んだら分かるだろう。彼はかなり面倒な男なのだ。
今なら言えるだろう。むしろ言いたい。
「それはお前が生きてきた狭い世界の中で培ってきた価値観に過ぎないのだからお前にとっては正しいことかもしれなくても同じように私も24年間生きてきたのだからそれに伴ったバックボーンがある。相手の言葉使いを変えようなんて愚かな押し付けが出来てしまうのは他人の心理がわからないじゃらじゃないか。お前は浅いんだよ」と。


しかし彼の頭の回転のよさと私の自己肯定感の低さによってその歪な交友関係はしばらく成り立っていた。なにしろ私に言い返す能力がなかったのだ。
 そいつは私が聞いてほしい傷ついた話などをしても「ピリンちゃんの周りはどうせピリンちゃんの目線で話を聞く人ばかりだと思うからぼくはあえてピリンちゃんの為を思って反対意見を言うね」と言って私を傷つけた人間側と思われる言い分をペラペラと語り出し、ついには「僕にとってピリンちゃんという友人のメリットはフットワークが軽いことであってその他にはないんだよね。綺麗だとか知的な話が出来るだとかがあったらいいけど」と話の方向性とか全く関係のない私の批判までし始めたのだ。
当時の私はそれを苛立ちながらも聞いていた。今の私だったら即ラインをブロックして終了だろう。


今思うとあれは全てマウンティングに等しい行為だったと言える(マウンティングなんて言葉をつかうとまたネチネチと言われるだろう)
私には何言っても最終的には聞き入れてもらえて自分が下ですよという態度を見せてもらえるから増長していったのだろう。
どんなことを言ってでも相手に影響を及ぼす効力があれば彼にとって充分だった。
そこには本来あるはずの知的で平等な「議論」の法則は適用されていなかった。すべてよく考えてみればデタラメでめちゃくちゃで口先だけだったのだ。


私も彼もお互い最初から最後まで異性として見てはいなかったが彼が私といるときにバーでナンパした、顎の長く出っ歯で手に切り傷が沢山ある女とデートの約束を取り付けた話や青山テルマ似の金髪のネイリストと付き合ってフラれた話を聞くたびに「お前の、私に清楚じゃないことや知的じゃないことを上から目線で指摘しては聞いてもいないのに『僕にとって魅力的でない』と言っていたアレはなんだったんだ、お前は清楚でも知的でもない女を立派に女の子扱いしてるじゃないか」と憎らしく思った。


私は根本的な「女性としての自分」に自信がないためある程度立ち直った今でもたまに自分の不幸の材料の一つにしてしまうことがある。デタラメ男の言っていたことに過ぎないのに「私はあの子達に劣っているのか」と考えてしまうのだ。

 


彼とは今は疎遠である。その浅い世界を浅いままで広げてくれたらいいと思っている。